上鳥羽の生産者が作る京野菜

このページでは、上鳥羽の生産者が出荷される京野菜をご紹介します。
もちろん、紹介する他にもいろいろな野菜を生産・出荷しています。初夏に出荷されるキャベツのほか、ホウレン草・小松菜・枝豆・など…。
出荷はしていませんが、生産者が自分の家で食べるために作っているナス・キュウリ・えんどう豆など…。
上鳥羽という土地は本当に土が肥えていて一つ一つの野菜に味があります。えんどう豆なんて豆ごはんにすると涙がでるほどおいしく、豆一粒一粒の味が口の中に広がります。
 先日、みず菜を生産されている方が、「この辺の土なら肥料をやらずにみず菜ができる。」とおしゃっておられました。
もちろん、時期にもよりますし、何もないところで種まきしたのではなく、キャベツを出荷したその後に耕しそれから種植えされたのですが…。
それほど上鳥羽の土は肥えが残っているのです。
 
 野菜によっては砂地のほうがよく育ち、おいしくできるものもあります。その土地や大きく言えば地域に適した農産物があります。京野菜は京都だけでしか作れないとはいいませんが、少なくとも昔から生産され続けている物はその地域に適していると判断できると思います。 京野菜の中でも下にあげた上鳥羽産京野菜は伝統を守りつつ長年生産されてきたものです。

 

九条ねぎ

  •  九条ねぎは京野菜の中でも特に皆さんに親しまれている一つです。
    古くは平安時代より中国から伝わり、名前の通り九条通りの東寺周辺で生産されていましたが、東寺周辺も昭和初期あたりから市街地化が進み生産の中心は上鳥羽に南下し、現在に至っています。
     上鳥羽では、夏の送り火(大文字)以降に、大きくなったねぎを倒す作業をはじめます。それを天日に干し、秋に植え替える。一度育ったねぎを苗にすることに疑問を感じますが、これが伝統的な作り方。生産者は口をそろえて、「昔からこうしてる。こうすることで美味いねぎになる。」といいます。土から引く作業を二度も行う手間は、生産効率を考えると今の時代にそぐわないかもしれません。ですが、「これが一番美味くなんねん」という生産者の言葉が全てです。手間を省いて効率よく・・これが基本である経営にあっても、この「手間」は残すべきではないでしょうか。
     関東で主流の白ねぎとは違いまっすぐに伸びた青い葉が特徴で独特の香りと甘みがあります。特に寒い時期に収穫される九条ねぎは中にドロッした旨み(僕たちはハナと呼んでいますが・・・)が入っており、噛めば旨みがでてきてとろけるような食感は格別です。噛んだ際にねぎの旨みがあふれますので口の中を火傷しないように注意しながら召し上がってください。
     刻んで薬味にするのもいいですが、すき焼きや鍋物に入れて煮込んでも風味が抜けず、おいしく召し上がっていただけると思います。

みず菜(切葉)・壬生菜(丸葉)

  •  みず菜も最近は全国的に有名になりました。
    いつぐらいから生産が始まったかは不明ですが江戸時代には京菜という名で生産されていたようです。その変種が壬生菜と言われています。京都の西南部で作られていたみず菜も市街地化とともに上鳥羽に生産の拠点が移りました。今は袋入りのみず菜が主流となっていますが、千筋みず菜といい、1株に千もの軸がある大株が本来の姿です。上鳥羽の生産者が作るみず菜は、秋に播種し、発芽後数日でつまみ(つまみ菜)、それから本立て、1株を1k程度まで大きくして霜が降りる冬の時期に出荷するというサイクルをとっています。
     さらに、みず菜生産者の職人技が、株の切り口を多角形にするという「面取り」作業。この作業をすることで外葉を取り除き、見た目にも美しい大株に仕上げます。白い軸と緑の葉のコントラスト、それに重量感ある大きなみず菜は圧巻です。みず菜は葉に切れ込みがあるところから切葉ともいい、軸が白く食べたときのシャキシャキ感が特徴です。鍋物はもちろん油揚げと炊くだけでも本当においしく召し上がっていただけます。壬生菜は切葉と違い葉が丸く丸葉ともいい、軸が少し深い緑色で、味も切葉と比べると苦味きいて辛子とともに和え物が合うと思います。他に塩やぬかで漬物にするとおいしく召し上がっていただけます。
     

金時人参(京にんじん)

  •  金時人参(京にんじん)は、九条ねぎ・みず菜と並んで上鳥羽が誇る京野菜の代表です。現在、残る数少ない東洋系の人参の一つで、その赤みとを甘みが特徴です。上鳥羽の土壌で作る京にんじんは、砂地のものとは違い、太く短く、また面が高い。そのために1本1本の面取り作業が必要です。真紅に近い赤みは炊くと一段と際立ち、その風味は格別です。7月に播種しますが、毎日水をやらないと発芽せず、ひどく雨が降ったりすると種が流れてその都市の収穫量に相当影響をおよぼします。
     上鳥羽の生産者のほとんどんが、何年も種を自家採取しておられます。見た目の鮮やかさもさることながら、人参本来の甘みが凝縮され、火の通りがよく軟らかくどんな料理でも相性が抜群です。
    炊き込み御飯やお味噌汁の具などにすると何とも言えない香りがします。もちろん炊きあわせに使うと人参本来の香りと甘みが堪能できると思います。
     上鳥羽の肥えた土が金時人参の成長に適しています。一昔前に比べて流通価格が下落し、手間のかかる京にんじんの生産量は激減しています。(参考→「京にんじんの実は…」
    この京にんじんは上鳥羽しか作れない、絶やしてはいけないと強く感じたこともこのHPを作るきっかけの一つになりました。是非!召し上がってください。

     

頭芋(かしらいも)・慈姑(くわい)

  • 京都の雑煮に欠かせない頭芋。昔、正月の雑煮に入れるお餅が高価なもので手に入れることができない人たちはお餅のかわりに頭芋を入れたとも、少し言葉が悪いかもしれませんが「人の頭(かしら)」になるようにとの願をかけていたとも言われています。
     6月に種芋を植え、10月に一度畑から起し芋茎を落とし、再度土のなかで芽を伸ばさせて、12月に1つ1つ丁寧に髭のような根とドロを取り除き、芽を際立たせます。この頭芋、雑煮の湾の中に入れるとそれだけでお腹がいっぱいとあまり評判はよろしくありませんが、実は普通に里芋として食べてみると何ともいえないクリーミーで独特香りが美味しいものです。 土寄せすることで子(芋)が海老(芋)に成長します。実は、海老芋の親芋なのです。上鳥羽ではその昔、海老芋が盛んに作られていましたが、今では海老芋の生産者はおられず、ほとんどが頭芋として作付けされておられます。1年に1度しか食べることができませんが、秋には芋茎(ずいき)として、さらに小芋は唐芋として重宝されています。
     くわいは皆さんもよくご存知だと思います。上鳥羽はその昔くわい出荷組合があったほど、くわいの生産が盛んでした。今では数件の生産者しか生産していませんが、青くわいとして有名です。
    くわいも芽が出る・子孫繁栄を念じて正月用として食されています。 すき焼きに入れるとおいしいです。

このページの最初にお話しましたように、上鳥羽の生産者が作られる京野菜はこれだけではありません。
キャベツ、ほうれん草、小松菜、白才菜、中抜きなどなど・・・。
自家消費用であれば、茄子、胡瓜、トマト、えんどう豆などほとんどの野菜を旬の時期にあわせて作られています。
また、上鳥羽産の特徴のページで触れましたが、これら全てが上鳥羽地域で生産されているというわけではなく、淀町や久御山町で生産されておられる生産者もおられます。

ここでは普段から私がお世話になっている生産者の方を紹介いたします。
紹介する生産者は順次増やしていく予定です。

生産者の紹介

 

氏名:村田 治夫 64歳
屋号:トバ治

主な生産品:九条ねぎ・金時人参・みず菜・キャベツ・祝い大根・ホーレン草等
 
 

 

一昔前まで地場で生産した九条ねぎやみず菜がこれほどのスピードで全国の皆様に愛されるようになるとは生産者の一人としてうれしい限りであり、それとともにこれからも伝統ある本当の九条ねぎ・金時人参を生産し守っていくという責任感を痛感しております。
 このページで紹介しているように上鳥羽というところは賀茂川と桂川に挟まれた独特の土壌と各生産者の長年の経験で本当においしい京野菜が収穫できます。特に九条ねぎ・金時にんじん・切水菜などは野菜本来の甘みと旨みが凝縮され、一度食べていただくとそのおいしさが実感していただけることでしょう。上鳥羽の生産者は20歳代の者から80歳代現役の者までの幅広い年齢の方々が日々京野菜の生産に従事しています。日頃から生産者同士の意見交換などを通じて、知識の享受を図り伝統を守り続けるよう努力しています。
 
 
 

 

● 最近の取り組みとして消費者の皆様のニーズに答えるべく九条ねぎの袋入り出荷を始めました。もちろん、昔ながらの大束(4大束)で出荷されている生産者も多数おられます。他に、みず菜・ほうれん草・小松菜等の菜類野菜も袋入りの出荷体制が整い、近い将来市場に多く出荷されることと思います。
● それらの取り組みと並行し、平成15年の農薬取締法の改正を受けていろいろな方を招き何度も勉強会を開いて、具体的な農薬名を取り上げて議論を続けてまいりました。その結果として、従来から行っているように農薬の適正使用の再確認と最新情報の共有、農薬の使用状況等の日誌に記帳する等安全性の確保に全力を挙げて取り組んでいるところです。
 

集荷人・橋本 から一言
いつもお世話になっている「トバ治のおっちゃん」は、小さい頃から亡き父ともども大変お世話になっています。亡父と酒を飲み大声で笑っているおっちゃんの姿を憶えています。地域JAの支部長や農業委員等歴任され、京野菜や上鳥羽の取材があるときはいつも相談にのっていただき、上鳥羽の野菜を継承し、地域の後継者に指導される立場の方です。
現在は上鳥羽地域の「あんしん・あんぜん委員会」委員長をされ、若い生産者に指導するだけではなく、小学校とも連携し「食育」活動にも熱心に取り組まれておられます。(京都市食育指導員他、小学生に対して九条ねぎや田植え等の食育活動等)
曲がったことが大嫌いな、笑い声に特徴のある、「想い」の熱い生産者です。

 

集荷人の仕事・・・

京野菜集荷人・・・簡単にいえば、地元で作られた野菜を集めて市場へ運ぶ仕事です。

  • 京都中央市場(京都市下京区朱雀分木町)は昭和2年に開設された日本で最初の中央市場で、他の中央市場にはない「近郷」という市場があります。
    近郷市場とは、京都近辺の青果物を取り扱う売り場で他県からくる青果物とは別に取引されるです。そこには京野菜を専門に買い付けを行う仲卸会社がたくさんあります。
    京野菜の発展と継承には、生産者の努力はいうまでもないのですが、京野菜を専門に扱う市場あるということも大きく、京野菜にとって近郷市場は欠くことができない売場なのです。
  • 私の祖父と父は、今ほど交通網が発達していなかった戦後まもなくから、上鳥羽で作られた野菜を京都中央近郷市場に運ぶ仕事をしておりました。市場に持ち込んだ青果物は、現在でも京都中央市場の卸売会社に委託して販売してもらうという形で出荷しております。


    私は上鳥羽地域の集荷人なのですが、実は他にも京都市内で集荷人と呼ばれる方々が数名おられます。

    畑菜やからし菜で有名な久我地域

    茄子や筍が有名な牛ヶ瀬地域

    京芹で有名な築山地域

    など・・・他地域・・・数名。

下の図をご覧ください。

  • ただ、高齢化・後継者不足や京野菜ブランド化の影響からか、出荷量は以前に比べて格段に減っているのが現実で、集荷人として機能しなくなりつつあります。
    これは、京野菜の産地の集合化・・巨大化・・を意味するのですが、どうしてそうなるのかは後ほど・・・。
  • 農産物が市場を経由して消費者にわたるまでの経路です。生産者から農協(JA)の集荷場を経由して農協単位で出荷されるというのが通常の形態なのですが、私が扱うものに関しては生産者から直接卸売会社へ委託します・・その間を取り持っているのが私・集荷人ということになります。

変わりゆく市場評価と消費者ニーズ

  • 父が集荷業を行っていた時代から私の世代となり、京野菜の現状は劇的に変化したように思えます。当初はこれほどまでに京野菜が認知されてブームになっていなかった。京野菜の定義づけにはじまり、京のブランド産品化・・・によって今のブームが生まれました。生産者のそばにいる私にとって、ブームになることは大歓迎で、地元の野菜を全国に知ってもらうチャンスであることは間違いありません。
    ただ、昔から作られていた形態を変える必要に迫られてきたのです。というのも、京野菜の需要が高まるにつれて市場が要求するのは均整のとれた見た目の美しい品物でした。ブランドとして全国区になるためには均整のとれた見た目は必要不可欠だったことは重々理解しているつもりです。ですが、父の代より数十年間上鳥羽地域で集荷人として市場を見ている私としては少し疑問です。

    というのも、京都の野菜は上で触れたように、個人の生産者が作られるものを個人の名前で出荷し、個人毎に委託販売しています。種子の保存(・・・昔から自分の圃場で種をとる)も栽培方法も個人的な感性で生産・栽培される京野菜はそのほうが理にかなっているために、そのように今日までは発展してきました。
    ですが、市場の価格をみれば、そういうことよりも品物がある程度まとまって取引しやすく、かつ、見た目が美しいものを求めています。

    時代が代わり、消費者のニーズが変化したことはわかっています。戦後のように大家族ではなく核家族化が進み、キャベツ1玉を数日で食すということが当たり前になり、食事の用意も準備に手間のかからないもの・・・というふうに変化してきました。
    それに伴い、全てが一箇所で揃って買い物しやすい量販店での買い物が増えたようですし、それに答えるべく量販店では、不ぞろいで扱いにくい農産物よりも均一的・・・また形の整ったもののほうが店頭に並べやすく、そういうものを好んで仕入れます。結果、市場にもそのような農産物のほうが高値で売買・・・ということになるのです。



    現在でも個人モノの出荷が多い京都中央近郷市場ですが、上のような背景からか共同出荷形態のもののほうが扱いやすく、高値で取引されているのが現状です。

集荷人としての今後

  • 日本の農業が抱える様々な問題から京野菜の産地としての出荷量が減っていくことは、ある程度は仕方がないことかと思いつつ京野菜がブランド化され全国的に認知されるにつれ上のような事情が顕著に市場評価に現れていることに疑問をもっています。なぜなら、京野菜が伝統をもつ野菜として消費者の方々に指示されるのは、その歴史的な背景によるものが多いと思うからです。そういう意味で、市場で高評価を受けているものが果たして昔から守られてきた京野菜かどうか・・・・。

    均一性のとれた、見た目のよい京野菜が本当の昔からの京野菜・・・・なのでしょうか・・・・と。

    種を保存する・・・ということも大事ですが、歴史的な背景を大切にするということも大事なのではないかと思います。そのために、私ができること・・・・・。

    上鳥羽は京都市内でも有数の京野菜産地です。
    九条ねぎ・・・の名のとおり、昔の九条地域一帯は九条ねぎの大産地だと聞いています。それが道路整備が進み南下し、上鳥羽村に移ってきた・・・。いうなれば、今本物の九条ねぎといえるのは上鳥羽地域・・・上鳥羽の生産者だけです。(ごめんなさい、上鳥羽以外にも下鳥羽や竹田・・・久世・・・久我等九条周辺に九条ねぎを作り続けておられる生産者はたくさんおられますが、私は上鳥羽の集荷人なもので・・・)

    そのことを全国の皆さんに訴えていくことが使命だと感じていますし、市場の評価だけにとらわれずにネットショップやブログ等を通して直接訴え続けていきたいと考えています。

    そして、将来的には上鳥羽だけにかかわらない、本当の京野菜を全般的に扱うことができれば・・・・と。